ある日、突然。

悪性高血圧と、それに伴う心不全・腎不全・網膜症・脳梗塞など。現在も続く治療のあれこれとその周辺を記録するブログです。

そして2016年6月2日(木)、診察。

この日朝一番の予約で、会社の健診を行っている内科医院へやってきた。


結局、「健診に行こうかな」という私の言葉に驚いた上司が予約を入れ、
健診ではなく、一般の外来診療ですぐに診てもらうことになった。
よほど心配をかけたのか、この期に及んでサボるといけないと思われたか、
あるいはその両方なのだろう。
首根っこを捕まえて病院まで連れていかれた、という感じであった。


この日は、当時のふだん比で比較的体調がよく、
時々立ち止まりながらであればゆっくり歩け、気分もそんなに悪くなかった。


病院に着くと、上司から医院の先生に引き渡され、
血圧を測り、血液や尿を採取し、レントゲンなど、いろいろな検査を
はさみながら問診が続いた。


歩けないこと、横になって眠れないこと、咳がとれないこと、
とにかく体調の悪さが長く続いていて
自分では持病との関連を疑っているがどうもよくわからないことなど、
とりとめなく話したと思う。


そのうち、今日はまだ時間がとれるのかと確認され、
外部の検査クリニックに一番早い時間で予約をとるので、
これから行って画像を撮影したら、
それをその場で受け取ってすぐ戻ってきてほしい、という話があった。


その時点で病気の内容についてとくに説明はなかったので、
何か疑ってる病気があるのかな、というおぼろな意識のまま医師の指示に従う。


当時は病院にも病気にもまだ不慣れで、
自分が何をしてこいと言われているのかもほぼ理解できていなかった。


そのため、とにかく言われるまま動くままだったのだが、
当時の書類を見返してみると、このとき私はCTを撮るよう指示されていた。


私が行った内科医院は、街のふつうの個人病院なのでCTまでは置いてない。


だから画像検査と診断に特化した専門クリニックに行って、
至急で検査結果をもって戻ってきてほしい、ということだったのだ。


あと、依頼書の片隅に「BP 259/164」の文字が。


これも、今ではその意味がよくわかるけれども、
恥ずかしながら、当時はまったく内容を理解していなかったので、
その文字を見ても何もわからなかった。


BPが Blood Pressure(血圧)の略であることも、
本来あるべき基準値がいくつであるのかも。


少しして、受付で画像クリニックの予約時間と場所について説明を受けると、
薬を2錠渡され、それを飲んで画像クリニックに行くようにと指示された。


錠剤はアムロジピンとアダラート。降圧剤である。
これもその時その場では理解していなかったことであるが。


言われるままにその薬を飲むと、次のクリニックに向かうため外に出る。


そして異変は、内科医院を出てすぐのビルの階段の途中で起こった。


頭の中で「ぷつん」という経験したことのない感じを覚えると、
その瞬間、左の薬指と小指がまったく動かなくなったのだ。


とくに痛いとか、苦しいといったものはなかった。


だがその「ぷつん」というかぼそい糸が切れたような感触は、
あえていえば、以前にふくらはぎの肉離れをおこしたとき、
筋肉が断裂した瞬間の感覚を思い起こさせた。


それを頭で感じた。


瞬間的に「これはマズイかも」「ヤバイのでは」と頭が真っ白になり、
次に「早く画像クリニックに行かなくては」という使命感に突き動かされて
気持ちが混乱したまま次のクリニックへと向かった。


数歩戻ればすぐに内科医院に戻れたのだが、
マズいかもしれない。何かが起きたかもしれない。
そして医師に話さなければならない、そのこと自体にまだ抵抗があった。


タクシーに乗り、画像クリニックに向かう間も、
2本の動かない指を動かすことに気をとられていたが、動く気配は全くなかった。

健康診断へGo。

毎年おおよそ6月くらいに、会社の健康診断がある。


個人医院で、ビジネス街の真ん中にあり、
近隣の企業の定期健診や調子の悪いサラリーマンの面倒を見ている
内科医さんのところで行っている。


先生の専門は胃腸系だが、総合内科のような働きをされていて、
定期健診のメニューは身長・体重に血液や尿、血圧のほか、
胸部レントゲンや心電図、腹部エコー、胃カメラなど、
けっこう盛りだくさんだ。


また先生は検査と発見が得意で、
初めての健診でうちの社長の大動脈瘤を発見してくれたほか、
健診に行くたびにしばしばいろいろな病気を見つけてくれるので
私の会社の人は皆、足を向けて寝られない感じだ。


そんな腕のよいお医者さんなのであるが、
そもそも健康にまったく興味がなく、病院も好きでなかった私は、
これまで何回も健診をサボっていた。


そして健診というものは、一度サボると、
次に行ったときにあの不摂生が見つかるのではという恐れや
ちょっとしたバツの悪さも手伝って、
ますます足が遠のいてしまうものなのである。


まったくもって悪循環であるが、人間心理としてはそんなものだろう。


だが、この年は少し違っていた。


あまりに治らなさすぎる正体不明の体調の悪さに加え、
この経験したことのない体調の悪さをどこで診てもらうべきなのか、
適切な病院に心当たりがなかった私は、はっきりと途方にくれていた。


少し前に行った近所の内科さんでは「喘息」と診断されていたが、
薬も全く効かず、何か違う感じがしていた。


ただ、これといった方策を思いつかずにいた。


それが、まもなく健診の季節であるということに気付き、
これに便乗して医師に相談してみることができるかも、と思いついた瞬間、
「今回は健診、行ってみようかな…」とつぶやいていた。


のちに上司が語ったところでは、この発言を聞いた瞬間、
「あんなに避けていた健診に自分から行こうなんて、こいつ、
相当ヤバイのでは…。」と思ったそうだ。


体調を悪化させているのが明らかなのに休もうとしない私を、
ずっと遠巻きに心配させ、気遣わせていたのだと思うと、
本当に申し訳なかったとしか、言う言葉がありません。。。

忘れられない出来事。

そんなこんなで体調の悪い日々をしばらく過ごしているなかで
いろいろなことがあったけれど、忘れられない出来事がひとつある。


私はふだんマーケティング・リサーチの仕事をしている。


新商品の開発であったり、商品の使用実態であったり、
あるいはブランドイメージについて等々。
いろいろな企業から相談された内容に沿って、
調査計画を立て、リサーチし、データを集計分析し、報告書にまとめていく。


そんな仕事だ。


4月のある日。
その日はとあるリサーチの調査結果をクライアントに報告に行く日だった。


ところが例によって、どうも朝から非常に調子が出ない。


その頃は、少し歩いて休憩したときに、
具合が落ち着くか、それとももっと苦しくなるかで、
その日の体調がなんとなく推しはかれるようになっていたが
どう考えても、いつにもまして何か体調がおかしかった。


だが報告に行くと決まっている以上、当日のドタキャンはありえない。


無理を押して会社から出たが、案の定、歩くといつも以上に苦しく、
タクシーに乗ると一言も口がきけないくらい胸が詰まって感じる。


となりで部下が心配そうに見ながらなんと声を掛けたらいいかわからない、
といった様子でいるのが目端に入り、
「大丈夫、大丈夫。」と言い聞かせると、何とかタクシーを出発させた。


しかしクライアント先のビルに到着してからも、
何とか歩いてはいるものの、数歩歩いても息が詰まり、
先方に気付かせずに会議室まで歩ききれるかどうか
自分でも自信がもてない。


ここまで状態をひどく感じたのは初めてだった。


ただ来てしまった以上はやるしかない、
とほとんど意地だけで報告会を終わらせた。


報告会自体はクライアントにもまずまず好評なようで、
しかもこちらの体調に気づかせずに、うまく終わらせることができた。


とにかくほっと肩の荷が下りると、
挨拶もそこそこに別れ、ロビーからビルの外に出ようとした。


その日は少し小雨で、外は室内より少し気温が低かった。


ビルの正面玄関、自動ドアをくぐる。
外に出ようとする。


するとそこに透明な鋼鉄の壁があったのだ。


たった1歩。
だが透明な壁に阻まれて、その1歩が前に出せない。


あせって少し中に戻りもう一度出ようとするが、やはりダメだ。


出られない。


身体がいうことをきかず、足がまったく前に出ない。


行きつ戻りつ、ロビーと入り口を何度かうろうろしたのち、
そのままでは埒が明かないとを悟った私は、部下だけ先に会社に戻し、
自分はロビーで少し休憩してから戻ることにした。


胸が詰まるとか、息が苦しいということはあっても、
身体がいうことをきかず足がまったく前に出ない、
そんな尋常でない感覚は、後にも先にもあの時だけだった。